第1回東海道自転車やらかしラリー(5・6日目)

豊橋が遠い……

 

前回までのあらすじ

静岡を駆け抜け、東海3県に突入した東海道自転車やらかしラリー。日坂峠を越え、潮見坂を越え、東海道を駆け抜けフロントディレイラが破損。変速が不可能になりどうする俺。そのころ私は東海道自転車やらかしラリーに完全に飽きていた。

 

3回目(4日目・土曜日) 豊橋駅

 

補給線の伸びによる鈍行移動が最悪すぎる。はやく東海道という大動脈には時速300kmぐらいで走る夢の超特急を建設すべきだね。そしてプロジェクトXで取り上げるべきだね。間違いない。

 

 

やっとこさ豊橋駅。盗まれててくれ(1週間ぶり2回目)

このとき既に15時。ひとまずディレイラ(変速)を修理に自転車屋さんに行くこととする。

 

 

某自転車チェーン店で修理を断られる。なんでも月曜日受け取りらしい。

仕方ないので店前で手持ち工具でディレイラをバラして修理する。

 

まあ走りはする。走りはするから東海道を西進することにする。

 

 

豊橋と岡崎の間にはアルプス山脈という有名な峠がある。山があること自体初めて知ったけどダラダラとゆるーい上り坂が10キロぐらい続く。

 

 

登り切り。

 

 

走り始めて2時間。既に日が暮れてる。キャンプ場はない。

 

 

岡崎を抜ける。東海道の弓取りなので。

 

 

横綱ラーメンとかいういかにも街道沿いのラーメン屋という感じのラーメンを食べる。たしかに地元(三重)にもあった。

 

 

豊明で名四国道を分けた後の名古屋市南部(緑区の鳴海とか中京競馬とかがあるあたり)の国道1号は横浜の戸塚・保土ヶ谷あたりの国道1号とよく似てる。

2車線だし坂あるし。権太坂みたいな感じの。

 

 

旧東海道は熱田から船。熱田のあたりは名古屋の中心部なのにもかかわらず、昔の宿場町感が残っている。

 

 

東海道から美濃街道へ。船はないので東海道線沿いの旧中山道ルートをとる。

 

 

名古屋市中心部を縦貫し、いい感じのキャンプ場が。

 

 

葵の印籠を掲げつつ名古屋城キャンプ場で宿泊も考えたが、今日は庄内川キャンプ場で、ゆるキャン

 

16時蹴り出しにしては進めた。まだ脚的には30kmは行ける余力を残し、永遠に就寝。

 

5日目・日曜日 枇杷島駅

 

なかなかの良いキャンプ場だった。

橋の橋脚がバカの壁と化しててちょっとアレだったけど。

 

 

旧国道っぽい道をひた進む。多分旧22号線。

 

 

一宮から県道に折れて岐阜県突入。

 

 

ここで旅の友、フルーツグラノーラブラックサンダーを補充!実のところ東京を出てからひたすら食べ続けていた。

東海道中膝栗毛にも弥次さん喜多さんフルーツグラノーラブラックサンダーを茶店で食べる話あるし、昔も今も東海道のお供だね。

オケオケオッケー!(ブレインサンダー)

 

 

大垣とかいう場所。

中心部で祭りをやっていて道路が封鎖されており迂回を強いられる。

水の都ですね。

 

 

国道21号に入って関ヶ原越えに突入。
徳川ハウス康なので。

 

 

日曜お昼のお楽しみ、郷土料理(大嘘)

 

 

関ヶ原の合戦に想いを馳せる。B級スポットしかない。

地味に壬申の乱(天智天皇の後継をめぐって戦ったやーつ)の舞台でもあるらしい。知らなかった。

 

 

わかりやすくチョークポイントって感じ。関ヶ原しか滋賀への抜け道ないし、たしかにここに防衛陣地気づいて山岳戦で撃破したくなるわ。

 

 

岐阜はゴミ。

 

 

滋賀は神。

 

初めてゴール京都までの距離が

歴女なので宿場町巡り。中山道自転車やらかしラリーなので。

 

 

国道8号に突入。米原を通過。

 

 

脚的にはあと30kmは余裕で行けるけど伸びすぎた補給線を勘案しつつどこまで進むか考える。東京まで戻らないといけないのです。残念ながら。

 

 

彦根駅に自転車を格納して終了。

 

ルール変更のお知らせ

 

やっぱ新幹線って神だわ。

 

 おわり